<吉田喜重 変貌の倫理>大阪開催(12月4日〜24日)迫る!吉田喜重氏+岡田茉莉子氏取材敢行!

「“映画と対話をはじめてください”と吉田喜重は言った」

※このインタビューは、吉田喜重監督と岡田茉莉子さんが大阪で開催される「吉田喜重 変貌の倫理」特集のために2004年に来阪された際に取材させていただいたときのものです。2006年現在とは異なる、当時の状況下での発言などもありますので、ご了承のうえ、お読みください。」

<田中>
12月に大阪十三の第七藝術劇場で「吉田喜重 変貌の倫理」と題してこれまでの吉田作品がほとんどすべて上映されることになりました。それで、今日は大阪に吉田さんと岡田さんお二人がいらっしゃるというので、京都からすっ飛んできました。

僕は個人的な体験として、吉田作品にずっと引っかかってきたという経験があります。
どういうことかというと、僕は吉田監督の作品は、ビデオで見られるものを見るか、再上映された過去作を劇場で見る機会があれば見にいく、という見方をしていて、僕の中ではずっと吉田作品はぼんやりと幕がかかったような状態で存在していて、ある種の謎とともにあったということがあります。

もちろん映画を見ている間は、驚くような表現や繊細な描写にハッとさせられはするのですが、そうした表現と語られている物語とが僕にとっては交錯する一致せず、かなりなズレを伴ったものとして、なかなかくっきりとした像を結ばせてくれないものでした。要するに、確実に存在する、映画の中で語られている問題に対し、何をどのように結論づけてよいのかわからない、大きな謎として感じていました。

それで、昨年『鏡の女たち』を見てはじめて、(こう言っていいのなら)吉田監督が発言されているような“モノに見返される”という体験をしました。「こういうことだったのか」という実感がそこで生まれて、それで今に至るわけですが、今回、こういう吉田全作品(劇映画)が上映される機会ができて、これまでの謎に再度挑むために、自分としては来るべき時が来たな、と。ニュープリントで見られるということもありますし。

<吉田>
いま言われたことは大変大事なことだと思うんですね。私は映画を作った人間ですが、私が作った時点で映画が完成しているわけではないんですね。それがスクリーンで上映されて観客が見て、観客の想像力が加わった時点で映画は完成するわけです。 ですから、これはこういう映画だったんだ、あるいはこういうふうに自分は受け止めたんだ、このように理解してよかったんだ、というように想像力が加わることによってはじめて映画は完成します。 つくった映画に関して作家が語ることは非常に危険なことです。これはこういう意味です、と言ったらそれが決定的な意味を持ちますから。

しかし、たとえば私がこれはこういう意味ですと言ったとしても、観客がそんなものは描かれていない、自分には伝わってこない、自分は違った意味で見たんだということは言えるわけです。ですから、映画の本当の魅力はそこであって、確定することはできないのです。もし確定してしまう危険があるとすれば、それは観客にも監督にもどちらにもあります。監督の場合は(たとえば山田洋次のように)はじめからこれはこういう物語で、ここで観客が泣いて、喜んで、満足するというように決めてかかってつくることです。私はそれを「映画の商品化」と言います。で、これはコミュニケーションをするんです。山田洋次の映画はそういう意味では私は悪いとは言いません。それが映画の商品としてのコミュニケーションです。

でも映画は商品としてではなくて純粋に表現としても成り立っているわけです。表現のことを考えると何も決められない、確定しないのが映画の表現の魅力なんですね。ですから観客とつくった映画が永久にすれ違い、対話をする。ある映画を見て、あれはどういう意味なんだろう、と引っかかることが私にもたくさんあります。その意味が結局わからない。でも何十年か経って突然ハッとまたそこへ戻っていくわけです。あれはなんだったんだろう、と。でも、そういう映画のほうが実は生きているんですね。我々は死ぬまで問いかけていくんです。何も引っかからないつまらない映画は実は覚えていない。なぜ?という問いかけを映画がしてくる、あるいはこちらがなぜああいうふうに飛ぶんだろう、なぜああいうシーンになるんだろうというところがある限りはその映画は、意味が確定していないから永久に生きていると言っていい。そういう生き方の映画があるわけです。それは表現としてです。で、コマーシャル、商品としての映画は、売らなければならないので、たくさんの人が見て、制作費以上に収入を得なければ成り立たない。これは意味がはっきりしていないと、買う(見る)方も不安になって買えないですから、どこで泣くか、笑うのか、はっきりしたものでないといけないということです。ふたつの映画には大きな筋道がふたつあるということです。どちらが本流かということは私は言いません。

もうひとつ映画に問題があるのは、我々は生まれたときから偶然に映画を見出すわけです。両親に連れて行かれるなり、テレビで見てしまったりするということもあるでしょう。そして、見ることを重ねていくうちに、映画とは何かいうことが蓄積されてきてしまうわけです。そして気がつかないうちに、その蓄積されてきた映画、それが映画だと思い込んでしまう。それが私から見ると最も好ましくないように思うのです。商品として映画を見る、これは当然わからないでもない。

しかし、映画はそう(商品)ではない、永久に観客も監督も演じている女優も決められない何かとして、謎としても成り立っているのです。映画にとって一番いけないのは、映画を見ていて気がつかないうちに自分が持ってしまった映画、それが映画だと思ってしまうことです。それまで大抵商品として流通している映画から覚えてしまうものです。ですから私がコマーシャルベースの映画を否定するのはそこなのです。コマーシャルベースそのものを否定するのではないのです。コマーシャルベースの映画が我々の中に蓄積させてしまう、映画とはこういうものですよ、ということを浸透させてしまうということを警戒するのです。

<三上>
僕たちは20代で、『鏡の女たち』が同時代的にはじめて接した吉田監督作品ということになるんですが、いま吉田監督がおっしゃられたように、観客としてはある種の見る準備ができていないと受け入れられない場合もあります。たとえばクラッシックの音楽を聴く時でも、最近のPOPを聞くような態度で接していると自分の中に入ってこない、ということが僕にはあって、今からこの作品を見るのだという積極的な態度が必要だと思うんです。今一般的な観客とは必ずしもそういった態度で映画を見ているわけではありません。商品としての映画によって蓄積された先入観で映画を見てしまう人はたくさんいると思います。
その上でお聞きしますが、監督は作り手として、作品をどのような観客に届けようと考えてらっしゃるのでしょうか。

<吉田>
観客を決めることは不可能です。しかし、観客という存在は、結局は一人ひとりの個人に戻っていくわけです。ですから「映画を見る見方はこうです」と言うことも不可能です。
確かにクラシックの音楽を理解するためにはなにか案内がないと無理でしょうけれども、クラシックでも、はじめて聞いて突然ぜんぶ理解してしまうという瞬間もあるんです。自分にとってなんだかわからないけれどフィットしている、頭に残ってしまう、というね。

逆にいい曲だと思っていたのが何年か後に聴いてみたら既知のメロディばかりで単調に感じられてしまうという場合もあるわけですよね。だから見る側の主観というのはそういう意味では非常に相対的なものなんですね。いわば映画がひとつの教養として機能するような手順をちゃんと踏むような方法もあるかもしれないですけれども、映画はそういうものをぱっと飛び越える瞬間がありますから、そんなに私は心配していない。

<田中>
僕は『鏡の女たち』を見た時に、すっかり田中好子さんが岡田さんの実の娘であるというような読みをして、そのまま見終わってしまったのですが、しかしその後、吉田監督から「いや、そうでないかもしれないでしょう」と言われてあせって見直してみたらば、実の娘であるということは映画ではまったく描いていない。そこで描かれているのは、岡田さん演じる登場人物が過去の記憶を頼りに血のつながりを周縁的な証拠によって符合させようとする「願望」でした。それは切実なものなのですが、決定的に符号させようとすること(DNA鑑定)は拒否してしまうというところに、人間の「性(さが)」がくっきり描かれているように感じました。それをおそれるということは、薄々わかっているわけですよね、田中好子さんとは他人であるということが。

<岡田>
『鏡の女たち』では、私たち演じる側もその件に関してはまったく教えてもらえなかったのよ。教えてもらうというか、「こうです」というのはないわけ。好子さんがいくら「本当はどうなんですか」と聞いても、監督からは「それはわかりません」と。「ご自分の判断でおやりなさい」と。私にも「あなたの判断でどうぞ」と、同じでした。ですから観る方もどう観ていただいてもいいんですよね。そこが単に謎解きものとは違うかな、というところでしょうか。だから自由に観ていただければいいと思います。「難しい・・・」って考え込んじゃうのではなくて。本当にどういうふうにも観ることができると思いますから、吉田の映画は。

<田中>
ですから『鏡の女たち』は2回見て、2回めに見た時は「ああ、こうも違うのか」と、一回目に見た時とまったく違う物語が展開されていました(笑)。それも自分の中でつくり上げた物語なんだということが見事に解からされて、ある意味ガクゼンとしたということです。

<吉田>
一番大事なことは「なぜ」ってことです。さっきもおっしゃったように(『鏡の女たち』の)田中好子さんが(岡田の)実の娘ではない、そんなことがあるのか、ということが私が「そうではないかもしれない」と言った瞬間に引き起こされたわけですよね。それはストーリーとしてあらかじめ決められていると観客が思っているから、覆されたように感じられるわけです。
少し長くなりますが、

たとえば『エロス+虐殺』の話をしますと、これは自由恋愛を説いた大杉栄と伊藤野枝の虐殺を描いているわけですが、あの中には日本の明治頃の近代化の矛盾がひそんでいます。大杉と伊藤を虐殺した甘粕大尉は私怨で殺したわけではなく、天皇の名において殺しているわけです。日本には姦通罪というものがあって、一夫一妻、それ以外は認めない。自由恋愛を主張した大杉栄はその意味で甘粕にとって天皇の神聖を侵す存在であったわけです。甘粕は自分の肉体の中に天皇制を持っていたということです。そして人は皆、それは甘粕が一人で勝手に起こしたことだと思っている。

しかし私にとっては日本人一人一人が肉体の中に持っている天皇制こそが問題なのです。誰が本当は虐殺したのか、という問いをかけているのです。もうひとつの問題は、虐殺の7年前にあった日陰茶屋事件。本妻があり、その上伊藤野枝、神近市子とも恋愛関係を持っていた大杉栄を、神近さんが刺したというものです。『エロス+虐殺』では三回それを繰り返します。一度目は神近さんが刺す。これは事実です。ふたつ目は私の提案だったのですが、実は大杉自身が殺されたがっていたのではないか、ということです。政治的な行き詰まりで、これ以上やれば逮捕されるか殺されるということは大杉はわかっていたはずだと。そして、刺してくれ、と請う。最後は、岡田が演じた伊藤野枝が刺した、というものです。なぜかというと、大杉が虐殺される可能性があると充分に知っていながら3人の子供を生み、その上で最後に殺されるまで伊藤はついていくわけですから。そこで大杉の中に問題があるとすれば、男性の問題です。大杉の場合、自由恋愛とは男性の側から言っている可能性がある。

しかし女性である伊藤野枝からみたら、もし大杉が本当に自由であるためではなくて男側の論理、欲望から言っているのだったら大杉を刺すのは伊藤野枝しかいないわけです。子供まで生んでついてきたわけですから。そうなると、あそこで行われていることは観客と私の想像力の戦いなわけです。岡田はよく演じてくれました。でも普通演技をするときは、伊藤野枝とはこういうキャラクターである、こういうドラマである、という認識で演じるわけです。それは映画がある意味ストーリーでできているからです。

しかしこの場合そういうところは超えてしまっている。説明のしようのないところに突き抜けてしまうことができる、それが映画なのです。史実や机上のストーリーをある瞬間、映画の表現は楽々と超えることができるわけです。映画自体が持っている表現というものがあり、これは誰にも、どんな大きな資本にも止めることはできません。映画の持っているこうした可能性を追求できるのは資本でもない、映画会社でもない。それは個人です。それが私の映画です。だから、皆わかりにくいと言いますが、いやそうじゃないんだ、と。私がわかりにくいんじゃない、映画が持っている可能性を私は言っているだけなのです。

<三上>
先ほど「自作品の内容や考えにつて語ることは、ある意味で非常に危険だ」と仰ったわけですが。

<吉田>
そうですね、意味が決定してしまう。

<三上>

それでもなお語り続けることの意義は何処にあるのでしょうか。

<吉田>
それはやはり人間、不安だからです。私が何か言うと決定的な意味が発生してしまう。ですから自分なりに考えてやっているわけだけれども、どこまでそれがコミュニケーションとして成立しているか。それが不安ということです。それから、逆のケース。自分が「このくらいは理解してくれるだろう」と思って作品を作る。しかしそれが私の想像しない形で飛躍していく、評価される。映画の場合はその両方があるのです。私が考えた以上の事を考えてくれる、ということが沢山あります。そういった意味で、映画とは一方向のコミュニケーションではなく、観客との対話なのです。

<三上>
なるほど。それからもう一つ、吉田作品の音楽についてなんですけれども、監督の作品の音楽を担当している音楽家は殆どが現代音楽の作曲家ですね。

<吉田>
はい、そうです。

<三上>
多数の作品で、それらの作曲家たちにとっても音楽家としてまた非常に重要な時期にコラボレーションをしていらっしゃるわけですが。最新作『鏡の女たち』の音楽を担当された原田敬子さんも現代音楽においては新進気鋭の作曲家です。吉田監督が自作品の音楽に求めるものとはどういったものでしょう。また、映画音楽というものをどのように捉えていらっしゃいますか。

<吉田>
まず、音楽とは映像・物語とは全く次元の違うものです。一番危険なことは、映画音楽の中に物語が既に組み込まれていることです。つまり音楽を映画の奴隷にしている、ということです。昔私がついた松竹時代の監督で、作曲家が作曲した映画音楽に対して「この音楽は泣けないから、トロイメライ(*三上注:シューマンの代表的なピアノ小品)でいい」と言って実際にトロイメライを使った監督がいるのです。助監督にレコードを買いに行かせてね。音楽を映像に隷属させてしまっているわけです。それは音楽に対して失礼ですね。音楽とは映画よりももっと以前に成り立っていた芸術でしょう。2000年以上の歴史がある。映画はまだたったの100年です。ギリシャの古典劇作にも音符(それは勿論宗教的な音楽でしょうが)は書かれていたんですから。それだけの歴史を持つ音楽を映画の奴隷に使うことは私は許せない。

自立した映像と自立した音楽を衝突させて、そこである次元のセンチメントが生まれる。戦いあうわけです。私は映画音楽はそれで良いと思います。それでも私の作品には映画の中に現代音楽がある時、接触すると、劇的なある種の感情が走る瞬間がある。それが偶然の人間と人間の出会いなのです。だから私は音楽家にも「どのシーンに音楽を入れて欲しい」なんてことは殆ど言いません。総合ラッシュが上がる、音楽家がそれを見る。そして「自由にやって下さい」と言います。

<岡田>
それで原田(敬子)さんは悩んでいましたよ。映像と演技が完璧だから入れようがないって。

<吉田>
彼女にはそう見えたらしいのです。「音楽の入る余地がない」というのが彼女が総ラッシュを見た時の印象だったようです。私は「その中に、あなたは全く違う次元で音楽を考えて下さい。映像や演技に引っ張られることは全くない」と言いました。だから音楽の計算として、と言うと言葉が悪いですが、音楽のドラマとしてどういうふうにコンストラクションを持って行けば良いのか、それは自由に考えて下さい、と。

ただ映画音楽の難しい所は、やはり普通は予算に余裕がありませんから(黒澤明みたいに予算がある人は知りませんが)その日初めてスコアを見た演奏家が録音したものになるわけです。音楽家とのコミュニケーションでは、それを聴いて気に入らないからやめるとか、レコードでいいとかいったふうになる。それで音楽家を変えるケースもありますよ。アメリカなんかだと恐らくそうでしょう。まず音楽を書かせて、気に入らなかったらお金を払ってキャンセルするわけでしょう、恐らく。しかし我々の場合は違います。信頼関係で成り立っている。原田さんの音楽をCDなりで聴いて、決心するわけです。一柳さんだって当時ニューヨークから帰って来たばかりでまだ無名でした。賭けるわけですね、一柳さんに。

<三上>
吉田監督は映像作家として同時代性を強く意識していらっしゃると感じます。

<吉田>
それは大事なことです。シナリオを書く過程で既に音楽家を決めて相談しながら作業をすると、当然音楽家のイメージを理解してシナリオを書き始める。そうすると偶然の出会いがなくなってしまいます。作曲家には、監督としての私を理解しようとするスタンスで作曲をする人と、私の理解できない部分は、それを自分なりの音楽として作曲する人がいる。その偶然の衝突がミスマッチにならずに掛け算になるようにと考えて書くわけですね、恐らく。

しかし初めから全部話してしまうと、音楽家は私を全て理解したと思い、そうすると自己満足の音楽を書いてきてしまう。どこかで吉田を謎として書かないと、全部理解したと思った途端に作曲家は全部自分の音楽を書いているだけかもしれないでしょう。それはつまり、人間は他人同士ということです。しかもジャンルが違うのだから、お互いを信じるということはできません、映画というものは。頼んで裏切られることだってありますからね。信じることはできないけれども、音楽家として、あるいは芸術家として、お互いを認め合うことが重要でしょう。

<田中>
いま、私たちは上映と制作を平行して考えて、どちらもやっていこうという活動をしています。制作の方で言えば、吉田監督、岡田さんがかつて体験されたような映画界(いわゆる大会社の)というところではなく、自分たちでシステムから技術も獲得していって、これからの新たな映画の製作形態を模索していくことも常に考えながらやっているということがあります。吉田監督の『エロス+虐殺』『戒厳令』『鏡の女たち』なども、監督と岡田さんが築かれた現代映画社でつくられた“自主映画”であると思うのですが、私たちもその“自主映画”の可能性を実地で探っているところなんです。で、これから映画をつくる制作者が吉田作品を見ることはそういう意味でも大きな示唆を与えられるだろうと思いますし、東京で若い人が多く集まったというのも(ポレポレ東中野での特集上映では5000人を動員した)、現在の若い映画制作者たちが観客として見ているというふうに感じているんですが、それはすごく刺激的なことだと思います。

<岡田>
ええ、本当にうれしいことだと思いました。東京では若い人がものすごく多かったんですよ。行列でした。

<田中>
東京にもそれだけ映画を作る、作りたい欲望を持っている人がいるわけなんですが、大阪や京都にもいるんだと。もちろん他の地域にもたくさんいて、そういったところでも(今回は大阪ですが)吉田作品が展開していくのもうれしいことですね。

<岡田>
そうですね、それで私たちも大阪でやっていただけるということを聞いてすごくうれしくて、東京だけじゃないんだからって。ですから、何度も(大阪上映の)期間中には私たちも行くことになっています。

<吉田>
私の場合は数をこなしていないので、今回私の(劇映画)全作品がご覧になれるわけですが(笑)、第一作の『ろくでなし』は45年前の作品ですが、皆さんの感覚だと半世紀も前でどういう時代かもわからない古い作品です。しかし、そんなことを考えることなしに『ろくでなし』をご覧になってみてください。時代などということとはまったく関係なしにご覧になれると思います。
先入観なしに、映画と対話をはじめてください。

<田中>
最後に、昨年から『鏡の女たち』で全国を本当に精力的に廻られています。

<吉田・岡田>
ええ。世界的に(笑)

<田中>
はい、そうでした(笑)

<吉田>
私は来週、シカゴへ立ちます。シカゴ大学へ。

<岡田>
まだ続いておりますから。

<田中>

そこで今後の展開をお伺いしたいのですが。「鏡の女たち」の後に展開なされるご予定は何かありますか。

<吉田>
蓮實重彦さんが発端となってやっているこのレトロスペクティヴが大阪で終わった後、東京でもう一度やります。それから、11月22日からNHKのBSで私の特集があり、9本の作品がオンエアされます。メインは『鏡の女たち』なんですが、NHKが作品を9本選んで、先週までに行っていた9時間のロング・インタビューと共に放映されます。一部分は既に放映されているみたいですが。それからもう一つ。12月22日から、私の全作品のDVDが発売開始されます。特典としてインタビューがついてきます。全て販売されるのが4月になります。上映はDVDが出る度にニュープリントになります。今回の大阪でレトロスペクティヴがあるので、早めにDVD用のプリントを焼きました。

だから前回の東京でのレトロスペクティヴよりもニュープリントが多いんです。松竹の作品はDVDの発売が3〜4月なので、まだニュープリントではありませんが。松竹は随分プリントを焼いてくれるので、5月から6月にかけて、ニュープリントになったらもう一度ポレポレ東中野で上映をします。そういえば京都でもイタリア文化会館などでは自主上映をやっていますでしょう。

<田中>

イタリア文化会館は上映を行う会場がなくなってしまったんです。

<岡田>
『鏡の女たち』は去年でしたっけ。

<田中>
はい。ホールだけが無くなってしまったんです。

<吉田>
そうすると京都の(自主)上映環境も非常に厳しいですね。

<田中>
ええ。それで実は、僕たちも京都造形芸術大学での上映活動をやっているのですが、今回大阪ではドキュメンタリー作品が上映されませんので、それらの上映が可能かどうかを今日はお伺いしたかったんです。

<吉田>
それはできますよ。しかし『BIG−1物語 王貞治』(読売映画社・読売巨人軍/1977年/86分)は肖像権の関係で難しいですね。

<岡田>

王(ワン)ちゃん自身がダイエーに行っちゃいましたから。撮った時は読売(巨人)でしたけど。

<吉田>
俳優は肖像権を最初から売ってしまっているから問題がないんですが、ドキュメンタリー作品の場合は探し訪ねて一人一人の了解を取る必要がありますから。それ意外の作品ならば問題ありません。

<田中>
わかりました、上映を検討したいと思います。岡田さんのご活動としましては、青山真治監督の新作にご出演されると聞きました。

<岡田>
今やっているんです。一昨日釧路から帰ってきました。天候の問題があり、9日にまた行かなくちゃならないんです。雨で延びていて。

<田中>
オール北海道ロケですか。

<岡田>
いや、後半は立科です。立科まで行くのに今月一杯はかかるんじゃないでしょうか。だから私はまだ打ち合わせだけで、撮影はしてないんです。みんな緊張したまんまで、私が帰るときも「早く戻ってきてくださ〜い」って。「戻って来るからね!」って言って来ました(笑)

<田中>
吉田さんの映画とはまた雰囲気もだいぶ変わってくるんでしょうね。

<岡田>
そうですね、違うでしょう。2015年の話です。面白くなると思いますよ。出来上がったら見て下さいね。

<田中>
はい、もちろん楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。

<岡田>
吉田作品の感想を是非聞かせて下さいね。

<田中>
これは会場に来るみなさんにも向けて、ですね。それではまた、12月4日にナナゲイで。

<了>

2004・11・04 大阪 ホテル阪急インターナショナル レストルームにて収録
取材:田中誠一、三上良太 構成:田中誠一
協力:第七藝術劇場、松村厚