春の映画イベントということで京都ではすっかりおなじみとなった「ドキュメンタリー映画の世界/佐藤真セレクション」が、当CESも上映を行う京都造形芸術大学・映像ホールにて今年もまもなく開催される。

その佐藤氏は現在、E・サイードの足跡を追いながら、過酷な情勢が膠着し、まさしく全世界の混沌を圧縮・噴出させたような状態が続く中東世界を見つめる新作『OUT OF PLACE(仮)』を制作中であり、そんなわけで今年は「中東特集」であるということだ。

戦火のたえない「彼の地」とはまったく切り離されたこの京都という場所で、我々にできることとは「彼の地」の映像を通して、さまざまなかたちで出現するだろう「彼の地」(へ)の思いをしかと見届けることであろう。
それから、新作『OUT OF PLACE(仮)』は、おそらく佐藤氏自身にとっての作家としての大きな転機となるものになると同時に、この混沌たる世界への共時的な、さらには通時的な批判が織り込まれたものになるのではないかと、勝手に考えている。そうなるとスゴイな、といういち観客としての無責任な期待ですが。


・・・ということで敢行したインタビューですが、佐藤氏にはもうひとつの大事な仕事である大学での後進指導(学生映像作品の合評会でした、その日は)の最中に慌しくも時間を割いていただき、イベントについて、新作について一気呵成に語っていただきました。恐縮であります。

※なお、中東現地ロケ時に佐藤氏により切り取られたイスラエルなどの風景写真もあわせて掲載させていただきました。 これらの写真については、雑誌『インターコミュニケーションズ』に鵜飼哲氏との対談なども交えた特集で論じられている(京都造形芸大映像舞台芸術学科研究室のIさんよりご助言いただきました。感謝です)ので、そちらもぜひ入手のうえ、ご参照ください。 備えあれば憂いなし。


 
【1・きかくのひけつ】

実は今日は佐藤さんに、上映企画の立て方のコツを教わりに来ました・・・というのは冗談半分のようですが、ちょっと本気の部分もあります。佐藤さんは毎年、京都造形芸術大学で行われている(今年で3回目)「ドキュメンタリー映画の世界」という上映企画のセレクションをされていて、毎回とても刺激的なものだと思います。

佐藤:昨年は何をやりましたっけ?忘れちゃったよ、もう。

いやいや(笑)。昨年特集されてゲストで来ていた是枝裕和監督は『誰も知らない』でカンヌでも話題をさらって劇場でも大ヒット、キネ旬1位にもなりましたが。

佐藤: そんなことは予想もしてないですよ。それこそ“誰も知らない”もの。まあ是枝さんは友達だったから電話しやすいし、呼ぼうかということで。

毎年、今年は何をしようかというのはどうやって決めるんですか?


佐藤:それは単純で、自分の関心がないものをやっても面白くないし、いつも自分が今現実に抱えている問題の周辺についてやった方がてっとり早いという。たまたま今はサイードについての映画を作っていて、パレスチナ、イスラエルなどに計5回ほど去年は行っているので、そこのボーダーについての映画をやろうかっていうことで考えました。

でも次は全然違う映画を既に構想していて、まったく民俗学的な映画だったり、あるいは一転して日本の古典芸能みたいな映画になるかもしれない。そうすると次はそういうのをやるんじゃないですか。それはもう自分の考えている問題意識にあってやった方がやる方もやりやすいし、自分も面白いということですね。



【2・今年はちょっとドキドキ?】


今年は「中東映画特集」ということです。そのなかでも、やはり際立つのが最終日に来場予定の足立正生という存在です。僕もこれを見たとき我が目を一瞬疑いましたから。“大丈夫かしら?”なんて心配しちゃったり。公安の方もちゃんと入場料を払っていらっしゃるみたいですよ。


佐藤:うん、入場料払ってくれればいいですよ、公安なんてことは気にせず。あ、じゃあ高くしよう、「公安料金」とかいって。警察手帳を持ってくると倍になる(笑)。

(笑)足立氏を呼ぼうとしたきっかけというのは。

佐藤:最初から決めていたわけではなくて、かなり思いつきなんです。
僕はもちろん足立さんのことは直接存じ上げなかったんですが、サイードの映画を作るにあたって、サイードについてのNHKの番組の上映会があったんです。
東京の国立に“キノ・キュッヘhttp://www1.pbc.ne.jp/users/kino9/”という小さなカフェレストランがあって、そのキノ・キュッヘでやった徐京植(ソ・キョンシク)さんや鵜飼哲さんたちが発言者で、そういった講演や上映会で足立さんと話し合う機会が2回ぐらいあったんです。


足立さんという人はすごくまじめな人で、そういう場所にゲストではなく単なる観客として来ていて、そこでご自身の新作の話をされていたりとかいうことがあってね。僕は足立さんとはもちろん直接面識はなかったんですけれども、そういう時に会う機会があったということです。あのパレスチナの問題について自分が直接赤軍の兵士として関わってきて、あの現場の中に身を投じてきたわけだけども、ものすごく冷静に分析をしているんですよね、今の状況に関しても。
で、やっぱり話も一番面白くて、新作の企画も非常に面白い。単なるパレスチナの状況の政治的なプロパガンダ映画ではなくて、むしろパレスチナというイメージをめぐる演劇とドキュメンタリーと、それから30年後に戻ってきた足立さん本人の日本社会における戸惑いのようなものを全部ないまぜにしたようなフィクションを構想されているわけです。やっぱりパレスチナのことを日本のなかで語る人というと一番大事な人だと思って、手紙を書いたらすぐ快諾してくれました。
作品としては『赤軍−PFLP 世界戦争宣言』をやって、新作の話を僕が聞くということで。足立さんの新作は4月ぐらいから本格的に動き出すようです。脚本も送ってくれたんですよ、「読んでください」ということで。


足立さんの新作タイトルは『十三月』ですね。これはまだ撮影には入ってないんですね。

佐藤:今、ロケハンの段階みたい。足立さん本人は行けませんからね、パレスチナにはね。ユズマール・ギュネみたいに獄中から指示するというのではないけれども(笑)、レバノン、パレスチナは当然のこと、現場には行けないわけ。だから非常に面白い映画になるんじゃないかなと思っているので、その話を聞こうと。そういうことですね。

そのあたりも、やはり佐藤さんのセンスというか嗅覚というのか、なにか「ここにくれば何かすごいものが見られる」というドキドキをまだ来ぬ観客は夢想させられてしまいます。
でも、造形芸大生は足立正生っていっても、どうなんでしょうね。どういう人かみんな知ってるのかな?


佐藤:まあそれは鵜飼さんにしてもそうだし、パレスチナの問題ということ自体にもピンときてないわけだから。別にいいんですよ、造形芸大の学生だけを相手にしているわけじゃないし(笑)こういう上映会はね。学校という場を使って外に開いていけばいいので、内に閉じる必要はない。物事を分かりやすく解説をするのではなくて、複雑さをそのまま提示する方が上映会としても物事の伝え方としても正しいと思います。学校っていうのはどこかで分かりやすくマニュアル化したりまとめていく性癖がある場合が多くて、これは決定的に間違っているので。



【3・現在形としての中東】

同感です。でも、そうした複雑さをそのまま出して、それで人が集まってくるというのがすごい。そこは僕たち(CES)も見習いたいと思うんですけど、どうもなかなか・・・。でもまぁここで思い悩んでも仕方ないので、気を取り直して。
全体のラインナップを見るとイスラエル、パレスチナ双方の立場からの作品や、イギリス、フランス、エジプト、そして日本から中東の情勢や歴史に視線を投げかける作品まで多様に渡っていて、90年代後半から2000年代のごく最近の作品が中心になってくるわけですけれども、現在形としての中東を多角的に見ていこうという意図ですね。


佐藤:そうですね。やっぱりパレスチナの問題というのはひとつは大きな政治的な運動で、日本においてもそうだし、ヨーロッパにおいてもそうだけど、パレスチナへの支援活動というか連帯みたいなかたちでの運動というものはあって、そういう文脈で記録して作られてきた作品というのはあるけれども、そういうものはあの地域の問題を政治的な文脈だけで見ているという感じがあって、正直あんまり面白くないんだよね。

パレスチナ難民キャンプを政治的な文脈で見ると、絶対パレスチナに帰るんだっていうひとつの側面しか見えない。けれども僕、実際行ってみてそう感じたんだけど、その裏側にあるイスラエル社会の非常に屈折したグチュグチュぶりみたいなものを合わせ鏡にすると、むしろパレスチナの難民キャンプの方が非常に生活としては安定しているというか。
貧しいんだけれども、状況は厳しいんだけれども、ものすごくちゃんとコミュニティがあって、少なくとも人々が生き生きして暮らしているという感じがある。逆に、あちこちから来て入植地に暮らしているイスラエルのユダヤ人の方が、むしろバラバラに分断されていていつも不安の中で苛まれているっていう感じがあるんですよ。
その両方の世界を見ていかないとパレスチナっていう場の問題は見えてこない。政治的な文脈だけでキャンプの問題や悲惨な状況を取り上げるっていうのは、ひとつの見方でしかないっていうことは、僕はそう思います。


それは僕が今サイードの映画を作ろうとしている視点でもあって、サイードはパレスチナ人の思想家ですけれども、映画の中心はどっちかっていうとユダヤ人の社会であるイスラエルの重層的な階層、ユダヤ人社会の中にあるさまざまな亀裂の方にあるかもしれない。
それはアシュケナジームと言われるヨーロッパから来た白いユダヤ人と、ミズラヒームと言われるアラブ世界、中東、それからアフリカから来た黒い(褐色の)ユダヤ人との軋轢、階層から始まって、もうさまざまな混沌とした世界があの中にあるんですよね。
それを見ていくことで逆にパレスチナの問題が見えてくると思うんです。要するにイスラエルの国内問題が、パレスチナという他者に関して壁を作り、排外主義的に展開をしていく、ということになると思うんですけれどもね。


お話を伺っていても思うのは、やっぱり映画作家・佐藤真の視点が明確に浮き出てきているのが「ドキュメンタリー映画の世界」は最大のポイントなんだと思います。もうすでにこのラインナップだけでも十分に密度は伝わっていることと思いますし、ともかく開催を楽しみにしています。


 

【4・ここではない、どこか?】

いまももう話が出てきましたが、新作は『OUT OF PLACE(仮)』という、これはエドワード・サイードの自伝と同名のタイトル(★“Out of Place: A Memoir”(Knopf, 1999)『遠い場所の記憶――自伝』中野真紀子訳、みすず書房、2001年)ですね。


佐藤:
タイトルの方はまだ仮題で、『somewhere, not here』というタイトルになる可能性もあるんですけどね。
撮影の方はほぼ終了です。まだちょっと残ってるんだけどね。別班がいまニューヨークに行ってるんです。僕はシリアとレバノンを昨日まで回っていました。


サイードと一番親しかったバレンボイムというイスラエル人の指揮者・ピアニストがいて、彼がコロンビア大学で、サイードメモリアルレクチャーっていう講演の第一回目が1月24日にあったんです。それでバレンボイムの講演とインタビューを個人的に応じてもらったんだけれども、飛行機が遅れちゃった。それでせっかく行ったのにトンじゃったんですよ。
でも東京にピアノのリサイタル公演でバレンボイムが来るので、その時にもう一回撮る。あと1月4日にノーム・チョムスキーのインタビューも撮っています。それは僕ではなくて、ジャンさんという一緒にやってもらっている監督なんだけれども。


ジャン・ユンカーマンさんですね、『チョムスキー9・11』を作った。


佐藤:
そう、そのジャンさん。ということで、バレンボエムのインタビューが日本で残っていて。それを経ると、イスラエル側の知識人も、アラブ側の知識人も、大体大事な人達の話はみんな聞いてきたということになりますので、撮影としてはそういう感じですね。

今出てきたバレンボイムさんという方は、サイードと共にオーケストラをやっていたということなんですね。実はサイード自身もピアニストとして音楽活動もしていたという。


佐藤:
サイードとバレンボイムと二人で共に“ウエスト・イースト・ディバイン・オーケストラ”というパレスチナ人とイスラエル人と一緒にやるオーケストラを組織しています。

僕はよく知らなかったんですが、サイードが音楽活動もやっているっていうのは意外でした。バレンボイムさんが今の話でもあったように日本にも来られるというのは面白い展開だなと思います。




【5・サイードが未来へ託したもの】


佐藤さん自身、海外で映画を作る、撮影されるというのは何か特に変化はありましたか?


佐藤:
海外はフィリピンで一本作ったことはあって、その時はテレビでしたね。…うん、でもないですね、あんまりね。

世界的にも現在注目されている場所、イスラエルとかパレスチナに実際行ってみて、その場所に対してどういうものを感じられたのかということを、現時点での実感をお聞きたいんですが。


佐藤:
うん…、僕の個人的な旅の感想というか、やっぱり映画のことになるんだけれども・・・。

サイードの足跡を辿っていくということだったわけですよね。


佐藤:
エドワード・サイードという人は1935年にエルサレムで生まれていて、47年までエルサレムの生家を行ったり来たりしていたわけだけども、48年にイスラエルが建国される前の年に完全にもうあの地からはもう親族関係すべて流浪せざるをえない。つまりパレスチナの地から追放されるわけです。で、1992年に45年ぶりにエルサレムを再訪しているんです。
そのサイードの緊張感というか、パレスチナの知識人として、世間で言えばアラファトの非常に近しい人として見られてきた(アラファトとは完全に袂を分かつわけだけど)人がイスラエルに戻ってくるという旅の戸惑いみたいなものと、それからイスラエル社会をどういうふうに見てきたのかという問題が今回の映画の入り口になっています。


サイードの生涯を追っかけていると、サイード自身は非常に境界線上にゆれている人で、確かにアメリカの中ではアラブ、パレスチナ側の政治的なスポークスマンという位置を甘んじて受けていたけれども、彼は全然政治的な人ではなく、政治的な文脈でパレスチナの問題を語ろうとしてこなかった。しかし、せざるを得ない場合はあえてしてきたという人なんですね。
で、政治的な文脈でパレスチナを語っていこうとするとやはり袋小路におちいっていくわけで、特に今のパレスチナ難民キャンプの状況をどういうふうに変えていくのか。それから、帰還権の問題ですよね、帰る場所と権利の問題。それをどういうふうに捉えていくかということを政治的な文脈で語ろうとすると非常に難しくなるのだけれども、文化的な文脈で語ると、アイデンティティというのは決められたものではなくて選び取るものだ、そして変容しうるものだ、と。
だからパレスチナ難民キャンプでも、政治的な文脈で聞くとみんな故郷に帰りたいと言うのだけれども、「本当はどうなの?」と聞くと「もうここでもいい」という人達もいるんです。あきらめではないんですよね。ここで新しい文化と新しい環境を作っていくしかないというふうに現実的に考えている人達もかなりいる。イスラエルの側においても、そういったさまざまなイスラエルの社会の矛盾のあり方に関して非常に批判的な、ちゃんとした目線を持っている人達もいる。


そこの架け橋としてサイード自身にはひとつは文芸評論という活動、もうひとつは彼自身のベースにある音楽があって、バレンボイムと一緒にやろうとしていたということですね。いまはバレンボイムが引き継いでやっているわけですけれども、つまりアラブ側とユダヤ人側の若手の音楽家を一堂に集めてオーケストラを作っていく、音楽における共生みたいな話で。文化というものが“未来へ託す”みたいなとっても象徴的な意味を持つという感じはします。




【6・両側から見ること。それは公平・中立ではなく・・・】


アラブ側とユダヤ人側の双方から隔てなく人材を集めてひとつのことをやるというのに、オーケストラを結成するというのは、戦略としても面白いですね。音楽というのは聞けばいいだけだから分かりやすいし。しかし、僕たちのように遠く離れたところにいる者にとっては、やはりものすごく複雑なことが多くて、パレスチナとイスラエル、という単純な二項対立で本当にいいのかというのもよくわからないし、アラファトが死んだからといったって、もう何が起こってもどうなるのかどうにもならんのか、というのが正直なところです。


佐藤:
今、アラファトが死んだ後にパレスチナの状況がすごく動いているけれども、やっぱりパレスチナの政治的な内部抗争っていうのは根が深いですから。
アブマーゼンが「じゃあテロをやめましょう」と言ったって、「ハイ」っていう、歴史的なことから言ってもやっぱりそんなに簡単な話ではないんです。また方やリクード党のシャロンが考えてきたような、ヨルダン川の向こうもとにかく全部イスラエルなんだっていう大イスラエル主義な考え方も、ものすごく強力な力を持っていますからそんなに簡単には変わらないですよね。そこの大きな政治的な対立ではね。


だけどもそれを文化みたいなところで考えていくとやはりどこかで折り合いのつけようがある。折り合いのつけようというのは、そもそもみんなが根拠にしている土地、民族、宗教、国家などという「帰属すべきもの」が元々曖昧なもので、しかもそれが変容・選択可能なもので、その曖昧で変容可能だということを引き受けることからしか、あそこの地域で抱えてる問題の解決の糸口、方向性が見えてこないという感じがあるんですね。サイードが言っていたのはそのことです。
パレスチナ人とユダヤ人というのはものすごく同根ですよ。文化的にもそうだし、食生活、それから言語的にもそうだし。アラビア語とヘブライ語というのは右から左に書きますし、根っこは同じなんですよ。象徴的にいえばみんなアブラヒムの子孫なわけですから、途中で分かれていったわけですからね。根っこがおんなじだからこそ逆にいがみ合ったり憎しみあったりする。歴史的にもそういうところはあるんだと思うんです。その同根であるということを非常に強く痛感したというところがありますね。


実際の地図上に引かれている国境に分けられているのとは違う、そこに行かなければ分からない現地の人々の現状なり感情なりがあって、分断があるわけですよね。そういうものが映画のなかではサイードの考えてきたことと、佐藤さんの見てきたことが織り交ざって出てくるのかな、という気がします。


佐藤:
僕は両側から行っています。と言うのは、諸事情があってキャメラマンとかスタッフはそうではない。イスラエル側にもキャメラマンとコーディネーターの人達がいて、シリア側はシリア側で違うんです。
それは入国とかビザの問題があってそうなってしまうんですね。
イスラエルの入国スタンプが押されちゃうとシリア、レバノンには絶対に入れないので、ハンコが押されないようにいろいろと画策をしたり、パスポートをそのためにわざわざ切り替えたりとか。まあ画策って言ったってお願いをするだけなんですけど、どうにか切り抜けてきて両方とも行けたんだけれども、やっぱり両方とも見るっていうことが大事なんだと思いました。


アラブ社会、特にパレスチナ難民キャンプからイスラエルを見ると、とてつもなく残忍で非道な軍事国家なんですよね。軍事的な展開しかしてないから。だけども方やイスラエルに入ってみると、その軍事国家の一人一人の兵士っていうのは、まず18歳になると3年間の兵役にとられる。それから45歳か50歳くらいまで毎年1ヶ月の予備兵役に就かなければならなくなる。
どんな仕事をしていようが、イスラエル軍から電話もしくは手紙が来て、1ヶ月兵役に就きなさいって通達が来ると、医者であろうが大学の教授であろうが音楽家であろうが行かなくちゃならない。
そんなとんでもない制度のなかで彼らは生きているわけです。
どこに送られるかわからないわけですね、西岸に送られたりガザに送られたりする可能性もある。
それからもちろんそういう意識がある人のなかには兵役拒否をやっている人達もいる、だけど兵役拒否をやれば当然のことながら刑務所に入ることになる。そういう矛盾をした国の中で機械のような軍隊の兵士にはならずに違った道を忸怩たる思いで模索しているイスラエル人たちはいっぱいいるし、そういう中で人々の暮らしというのはよく見えてくるわけですね。


両方のサイドから見るというのは、テレビのように公平・中立に見るというのではなくて、パレスチナのキャンプのなかにもさまざまな矛盾があるけれども、そこから逆照射されるイスラエルが単純な軍事国家かと言えば、むしろイスラエルの方が亀裂がいっぱいなようにも見えるんです。そのお互いの亀裂みたいなことを見ていきながら、最終的にはサイードの思想を見ていこうということなんですね。


サイード自身もその亀裂の中に生きて、政治的な世界の中にも飛び込み、オスロ合意以降はアラファトを口汚く罵ってファシスト呼ばわりまでしてしまったということもあります。
右側から左側から暗殺をほのめかす脅迫状が来たり、さまざまな政治的圧力もかかりながら、自らはパレスチナという大きな大義や正義、あるいはイメージを語っていく知識人の一人として、ひるまずに生き続けてきた人のように感じています。


今回はサイードの思想と共に旅をして、サイードなんかは全然知らない普通の市井に暮らしている人たちが、まさにサイード的な分断と亀裂を生きていることを見てきました。境界線上に豊かに生き続けている彼らに会っていくという映画になると思うんですけれどもね。




【7・完成品はどうなる?】

佐藤さんの作品作りには常に編集というプロセスが占める重要性が大きいと思いますが、現時点での構想はいかがでしょう。


佐藤:
編集はまだどうなるかわかりませんけれども、今の狙いとしては、編集の中で結論がでるものにはしないつもりです。サイードの語ってきたいくつかの問題、それは民族、帰還権、それからボーダー(国境)の問題などですが、そういう問題について、テキストなり発言なりで語られているサイードの思想、それをテーマにして、さまざまな人たちのインタビューであるとか難民キャンプ、イスラエルの市井の人たちの話や生活とかを編みこんでいくと、サイード自身がテーマにしたことがどんどん変容していくように思っています、変奏曲みたいにね。

それで結局、結論がないわけです。結論がないというか、結論にまとめきれないさまざまな亀裂がより見えてくる。
国境という問題だと、国境が持っている不可思議な境界線上にいる人々の亀裂のあり方みたいなものがどんどんどんどん広がっていくというような。それをどっちの方向でどういう解決策を見せるのかということを提示するのではなくて、より複雑な亀裂が見えてくる、それがバリエーションみたいに展開をしていくというような映画になればいいかなと。
それがサイード的な考え方であって、どんどんどんどん主題があって変奏していくんだけれども、主題自体がより複雑になっていく、より混迷を極めていって、混迷というのはより物が分からなくなるというのではなく、混迷そのものがある豊かさを持っている、というのがサイードの思想なので。それが映画のスタイルになればいいかな、というのを考えています。


今回の作品は前作『阿賀の記憶』とはまったく違う映画になるだろうということは予測しているんですが、『阿賀の記憶』というのは、“作品”という枠組みを希薄にしていくことを目指しているように感じたんです。撮影された映像そのものをそのままに出せればいい、というような、非常にフォトジェニックでポエティックな印象があります。
今回はそういう意味では“作品”という位相は強調せざるをえないと思いますし、扱う題材の性質上、作家の制作上の判断が作品を観る観客に逐一厳しく問われるようなことにもなると思います。
ということで、映画作家としての佐藤真の重要な転機の作品としても、現状に一石を投じる批判的な作品としても、新作を心待ちにしたいと思います。



<INFORMATION>


3月25〜27日開催!「ドキュメンタリー映画の世界2005」情報告知サイト(京都造形芸術大学HP内):
http://www.acic.kyoto-art.ac.jp/now/2005/03/documentary2005/documentary2005.html

人物紹介

【佐藤真(さとう・まこと)】
ドキュメンタリー映画監督。東大在学中に水俣病の運動と出会い、3年の共同生活を経て『阿賀に生きる』でデビュー。監督作に『まひるのほし』『SELF AND OTHERS』『花子』『阿賀の記憶』など。『ドキュメンタリー映画の地平』などの著書も多い。現在エドワード・サイードの記憶と痕跡を追う『OUT OF PLACE』(仮題)を製作中。京都造形芸術大学映像・舞台芸術学科教授。

【足立正生(あだち・まさお)】
日大芸術学部在籍中に『椀』『鎖陰』などを製作。若松プロでピンク映画の脚本を量産し、自らも『堕胎』で監督デビュー。大島渚作品への出演、脚本参加を経て『略称・連続射殺魔』を佐々木守らと共同製作。『赤軍―PFLP・世界戦争宣言』の後、1974年パレスチナヘ旅立つ。97年にレバノンで逮捕、2000年に強制送還。現在パレスチナをめぐる幻想アクション映画『十三月』を準備中。「ドキュメンタリー映画の世界」では3月27日に佐藤氏と対談予定

【鵜飼哲(うかい・さとし)】
フランス文学・思想研究。京大卒業後フランスに留学しジャック・デリダに師事。一橋大学大学院言語社会研究科教授。日本の思想界におけるパレスチナ支援運動の代表的存在でもある。著書に『償いのアルケオロジー』『抵抗への招待』『応答する力』など。『友愛のボリティクス』『盲者の記憶』(ジャック・デリダ)『国民とは何か』(E・ルナン他)などの訳書も多い。「ドキュメンタリー映画の世界」では3月26日に佐藤氏と対談予定

【臼杵陽(うすき・あきら)】
東京外国語大学アラビア語学科卒業、東大大学院国際関係論博士課程単位取得後、在ヨルダン日本大使館勤務を経て、エルサレムに滞在。パレスチナ問題と<東洋系>ユダヤ人の研究を続ける。国立民族学博物館地域研究企画交流センター教授。著書に『見えざるユダヤ人―イスラエルの<東洋>』『原理主義』『イスラムの近代を読みなおす』『世界化するパレスチナ/イスラエル紛争』など。「ドキュメンタリー映画の世界」では3月25日に佐藤氏と対談予定

【徐京植(ソ・キョンシク)】
昭和26年京都生まれ。東京在住。在日朝鮮人。作家。早稲田大学第一文学部卒。現在東京経済大学教員。在日朝鮮人としての経験を踏まえ東アジアの平和のために、主に日朝問題への提言を続けている。著書に『「民族」を読む―20世紀のアポリア』『分断を生きる−「在日」を超えて』『プリーモ・レーヴィへの旅』『過ぎ去らない人々−難民の世紀の墓碑銘』など。

【エドワード・サイード】(1935〜2003)
パレスチナ系アメリカ人の文学研究者、文学批評家。キリスト教徒のパレスチナ人としてエルサレムに生まれ、エジプトのカイロで幼年期を過ごす。プリンストン大学で学士号、修士号と博士号はハーバード大学で取得。英文学と比較文学の教授をコロンビア大学で長年勤め、ハーバード大学などでも教鞭を執る。
著書“Orientalism”(78)は、ヨーロッパの視点から見たアジアや中東はロマンチックに飾り立てられたイメージで捉えられ続けており、そうした視点が西欧の植民地主義的・帝国主義的な野望の隠れた正当化として作用してきたと主張。パレスチナ問題については、イスラエル領とその占領地域およびそれ以外の土地に住むパレスチナ人の権利を擁護した。

長年にわたってパレスチナ民族評議会の一員であったが、1993年に調印されたオスロ合意に異を唱え、アラファトとは決裂。アラブ人とユダヤ人が等しい権利を持つような新たな国を作るべきだ、と主張した。また、音楽批評家として活動を続け、あるいはピアニストとして1999年にはアルゼンチン生まれのイスラエル人、ダニエル・バレンボイムと共に、West-East Divan Orchestraを作った。才能ある若いクラシック音楽家たちをイスラエルとアラブ諸国の双方から毎年夏に集めるという試みで、サイードとバレンボイムはこの業績により2002年度のスペイン皇太子賞を受賞。近年、白血病を患い、2003年9月25日ニューヨークで没した。