『パビリオン山椒魚』を観させていただきました。大変興味深かったし、何より面白かったです。
(青木)
冨永:ありがとうございます。
どうしてまた今回はオオサンショウウオを取り上げたんですか? (青木)
冨永:オオサンショウウオを取り上げた理由は途中で変わるんですよ。理由自体が変わるんですね。そもそも井伏鱒二の『山椒魚』を映像化したいと思ってたんですよ。山椒魚を人間に置き換えるという形で。閉じこめられた人がいて、そこには窓やドアがあって、そこから出られはしないけど外を見ることはできる。そして口うるさい他者があるとき入ってくるという話になると。でもそれって密室劇になっちゃうんですよね。密室劇はやだなあ、それはいかがなものだろうと思って、やりたくなくなっちゃったんですよ。で、次に井伏鱒二原作『山椒魚』をアニメ化したフィルムがあって、それを何らかの理由で取り合う人たちの話を考えたんですよ。しかも取り合う理由が陰謀論的/権謀術数的なもので、そのフィルムに何らかの秘密が隠されてるっていうサスペンスにしようと。
『テトラポッド・レポート』(※冨永監督第3作目)に近いですねそれは。(田中)
冨永:そしたらわけわかんない台本になっちゃった。話もどんどん膨らんでっちゃって。長さも4時間ぶんくらいになって、手に負えなくなったんですよ。で、フィルムを取り合うのをやめて、じゃあ山椒魚を取り合うんだと。それが『パビリオン山椒魚』の原型になってますよ。ま、もう井伏鱒二のことは忘れてるんだけど(笑)、その代わり井伏の弟子にあたる太宰治の『黄村先生言行録』は非常に参考にしましたね。黄村先生は山椒魚のことを動物と呼ばずに「霊物」と評するんですよ。「霊」という待遇は対象への強い畏敬のあらわれだと思うんだけど、それはちょうど80年代のシーラカンスとおんなじで、人は彼らを見たいわけですよ。そう考えれば、日本の霊物であるオオサンショウウオと出会った西洋人が大さわぎするのも頷けるし、時の権力者である徳川家が万国博覧会にオオサンショウウオを出品しようとしたとしても不思議ではないと。だからね、この映画はデタラメだ何だと言われてるけども、その実しっかり物語の背景を考証的につくりあげているのだと、この場を借りて申し開きしておきますよ(笑)。

女の子が母親を探すという話は、どういうきっかけで浮かんだんでしょうか。(青木)

冨永:もともと人が人を捜す話がすごく好きなので、ヒロインが山椒魚を必要とする理由を人捜しにしたわけです。で、その人は誰なんだろうと考えた結果、もし自分の目の前にかわいい少女がいたとして、その少女が何を捜してるときに手を差し伸べたくなるかなあと考えたら、お母さんを捜してるときじゃないかと思ったんです。少女というか、これはむしろ「幼女」ですね(笑)。だって母親を捜す幼女が目前にいたら放っておけないでしょ。そして当初ボランティア精神だった芳一の動機は次第に助平心に変わってゆくわけです。そしてそのころには、もうあづきは「幼女」ではない、都合よく(笑)。そう考えたらなんか楽しくなってきちゃった。そのうえ山椒魚のキンジローは国宝でもあり忠犬でもあるから(笑)、どこに行っても自力で帰ってくる。笛午村から東京まで歩いて帰るというね。そういう鉄の意思を持った山椒魚にしてたんです。でも、そこは切ったんですよ、残念ながら。
どうしてそこは切っちゃったんですか。(青木)
冨永:なんかね、だんだん改訂を重ねていくうちに、女の子が母親を探す話がメインになってきたんです。その話の方が分かりやすいからね。まあ、プロデューサーからこっちの話を軸にしろって言われたんですよ。山椒魚がヒタヒタ歩くシーンを切りなさいと言われたわけじゃないけど。


なるほど。ところで、『パビリオン山椒魚』で一番気になったのは、やっぱり途中で話がガラっとアクロバティックに変わるところなんですが。
(青木)
冨永:話や芳一のキャラクターが変わったように見えるけど、本当は変わったのはひとつだけなんですよ。ひとつが大きく変わったから周りがそっちについてったというだけで。何が変わったかというと、主人公・芳一のモチベーションなんです。あいつが勝手に盛りあがっちゃったわけ。キャラクターが変わったんじゃなくてモチベーションだけが劇的に変わって、それに呼応するようにまず服装が変わりますよね。で、職業が変わる、周りの人間が変わる。妹と二人暮らしだったのが、山賊らしき人たちとの暮らしに変わる。とは言っても、それまでのことを彼は忘れたわけじゃないから、やっぱりヒロイン・あづきのことを追っかけてるわけです。ただその追っかけ方が尋常じゃないってだけで。
この映画はある一点があってほんとによかった思うんです。具体的なシーンで言うと、中盤の墓場のシーン。僕は泣きました(笑)。(田中)
冨永:あそこで泣いてくれる人こそ親友だと思ってますよ(笑)。

芳一とあづき、もうこの二人は交わってないってことがはっきりと示されるんですよね。すごい「ずれ」っていうのがあからさまに。芳一を演じるオダギリさんがまたすごいテンション高くて、たぶんあそこが一番テンションが高いと思うんですが。方言でまくしたててるし。あづきはドン引きで、ほぼ無視(笑)。(田中)

冨永:ま、ある意味では典型的な「ふられる」場面ですよ。あれほどはっきりふられる男もそういないでしょう(笑)。芳一はよりを戻そうと必死なんですよ。あろうことか方言で。あのシーンに限って。
そう、ほかでは使ってないんですよね!われわれとしては、そういう演出してるんだってこともちゃんと言っておきたい。たぶんお客さんはあそこで「うわぁ」と思いながら笑っているんですけど、笑いながらもこの二人のもう心は同じところにないんだろうなっていうのを同時に感じてるっていうのが、なんというか、冨永さんの面目躍如というか、ハードボイルドな側面ですよね。で、その「ずれ」っていうのは、テクニカルな部分では今までもあったと思うんですけど、それが物語の部分でこういうふうにハッキリ出てきたのは、今回がはじめてじゃないんでしょうか。(田中)
冨永:いや、『ビクーニャ』(※冨永監督2作目。初ビデオ作品で、これで水戸短編映画祭グランプリ受賞)や『亀虫』(※全5話からなるシリーズもの。わずか数千円の制作費ながら、劇場公開、DVDリリースとなったヒット作。)のときも、俺はそれをやってるつもりなんですよ。でも「ずれ」についての指摘を受けたのは、音をずらしてからなんだよね。俺の映画の中にいろんな種類の「ずれ」があると思うんですけど、方法論的な「ずれ」と、うっかり「ずれ」ちゃったってのがあると思うんですが、最も目立つ「ずれ」は「音のずれ」だと思う。音がずれてるのが一番違和感を与えると思うんです。でも、『パビリオン山椒魚』ではそれをやらなかったから、あのシーンのふたりの気持ちの「ずれ」がかえって強調されたんじゃないかな。ナレーションの話をすると、『亀虫』では、物語との純粋な親和性みたいなのは抜きにして、物語を異化しかねない剰余の説明として付与していたところが強くあったんだけど、今回もまさにそういうことで、説明するくらいなら誤った説明をするのだというね、ま、ハッタリですよ(笑)。だから意味的にずれてるものを音としてずらすのはやめました。ひとつの方法にふたつの「ずれ」が存在するとわけわかんなくなっちゃうから。

さっき言った意味的な「ずれ」っていうのは、ヴィルヘルム・コンラード・レントゲン博士に対する山賊サルヴァトーレ・ジュリアーノという「ずれ」でもあって(※主人公・芳一は前半はレントゲン技師、後半は革命的闘士として活躍する)、レントゲン博士に続いてもうひとり歴史上の人物が登場するから、やっぱりみんな「さっきの人とは違う」って言って首を傾げるんですよ。そこで音自体をずらしていくと結局何を言ってるのか分からなくなる。しかし何を言ってるのか理解してもらわなきゃいけないから、ちゃんと聞こえるようにナレーションを入れたということなんです。『亀虫』ではやったんだけどね。だから、方法としては、そんなにえげつないことは今回はやってないんですよ。


でも正直なところ、やっぱりもっと「えげつなさ」は出したかったんじゃないですか。 (青木)
冨永:今回もやりたかったですよ。もともと台本がものすごく長かったんです。誰に読ませても「4時間ぐらいになるよ」とか「2作品分のページ数だ」とか言われたんだけど、その長い物語を超高速で語ることによって1時間半の1作品にしてしまおうと目論んでたんですよ。ま、『ビクーニャ』でやったことを長編でやろうとしたわけです。ずっと途切れることなくハイテンションでソワソワしててえげつないやつをね(笑)。でも、当たり前なんだけど、それは撮れない。2作品分の製作費と時間が必要になるから(笑)。どうも僕が考えることは自主映画だと簡単にできちゃうけど商業映画でやろうとすると金がかかるみたいなんですよ。すごい矛盾だよね(笑)。
現場にいっぱい人がいて、ひとつひとつの動きが全体にすごく影響することになるんでしょうね。長い短いに関わらず、シーンやカット数が増えればそれに伴ってみんなが動くし、時間もコストもかかる。 (田中)
先程プロデューサーの話が出ましたけど、今回の『パビリオン山椒魚』では今までのような自主制作とは違い、商業映画として作られました。で、今回は編集を自分でやらなかったということですが、 (青木)
冨永:えっとね、編集に関してはあらかじめオペレーション的なことはやらないって決まってました。35ミリはじめてだったから。ラボ宛ての指示書の書き方とか、ポスプロに関することを僕はまだ知らなかったんで。やっぱり自分で編集しないというのは大きかったですね。はじめは希望してたんですよ。自分でやらせてくれって。デスクトップでオフライン編集ということだったら自分でもできたはずですけども、互換性の問題でできなかったんで、それなら最初から編集技師とふたりでやることになったんです。これは勉強になりましたね。編集技師は大学(日大)の先輩でもある大重さんという方で、当然「こういうふうにやってください」と言うじゃないですか。だから、ぶつかるときも当然あるし、自分が予想もしなかったような繋ぎ方をしてくれてすごくよかったこともあるし、絶対あそこはこうじゃないといまだに思ってるところもあるし。逆に「どうしてもここはこうしてくれ」と言って、それでお願いしたとおりにやってもらっても、向こうは不本意だと思ってるところも当然あると思いますよ。でもこの映画にとって正しい仕上がりにはなった。

いちばん勉強になったのは時間の使い方でしょうね、長編映画のね。これまで短編でしつこく狙ってた生理的・身体的な気持ちよさみたいなものはいったん個人的なものとして棚上げして、そうではないもの、つまりこの映画に付与すべき「意味」ですよ。見てもらえば分かると思いますが、僕の作品は比較的情報が多い作品なんで…「比較的」にですよ(笑)、そんなに多いとは思ってないんだけども、ともあれ数多ある情報から類推することで得られるのが「意味」だとすれば、その情報を的確に届けてゆくにはちゃんと整理しなければならない。その方法というのは各人いろいろあって、おそらくそれを作家の語り口と呼ぶんだろうけども、そこで重要なのは「間合い」でしょう。その間合いを読み誤ると意味が伝わらない。これまでの僕の作品はその間合いが早かった。パンチラみたいなもんです。チラチラしてたわけ。そうすると「チラチラもいいけどパンツの柄がわかんねえ」って言われるんですよ。そういうのを難解な映画っていうんだろうけど、僕の作品はまさにそれだったんですね(笑)。『パビリオン山椒魚』では、そうなってはならないというのがあらかじめ肝にあったので、そこには気をつけました。だから結局、すごく大雑把な言い方なんだけど、意味の部分をどう伝えていくかという問題と、身体的にどういう快楽が得られるかという、ふたつの「中庸」をひと月半のあいだ模索してたのかもしれない。とはいえ素材は変わらないわけですから、撮り足すこともできないし、『亀虫』のようにナレーションをガンガン入れるわけにもいかないので(難解になるから)、だからこそ撮ったものをちゃんと考えて編集することができた。これまでは編集のやり方を知らなかったわけです。というか普通の編集のやり方を知らなかった(笑)。だから今回は、その映画にとって正しい編集がはじめて出来たって感じですね。じゃあ逆に言うと、今までどういう繋ぎ方をしてたんだって話なんだどね(笑)。

いま「中庸」っていう言葉が出てきたんですけれども、『パビリオン山椒魚』以前の作品と、『パビリオン山椒魚』とのもう一つの違いに、撮影の仕方が根本的に違うということがあったと思うんです。今回は初の35ミリフィルムでの撮影ということなんですが、そのときも「中庸」ということは考えていたんでしょうか。(青木)

冨永:実は、ギリギリまで16ミリでやる予定だったんですよ。でも直前に知ったのは、35ミリにブローアップするさいにインターネガを取らなきゃいけないから、結局お金が掛かるんだということなんです。で、ラインプロデューサーに「35ミリで撮るのとどのくらい違うんですか」って聞いたら、「ぶっちゃけそんなに変わらない」って言われたんです。「だったら35ミリで撮るっていう考え方もありですか」って聞いたら、「まあね」と。

そうなると、いちばん気になるのがカメラの大きさですね。大学時代に使ってたのは16ミリなんですけど、それ以降5年くらいずっとDVカメラを使ってたんで。だから16ミリで撮ろうとしてたときはダルデンヌ兄弟なんかが使ってるアトーンのminimaという小さいので撮る気だったんです。それほどカメラの大きさに拘ってたんですよ。撮影監督の月永も僕も大きいカメラ慣れてないから。それで、35ミリのカメラでもっとも小さいのを探したんですよ、ネットで。そしたらあったんですよ。小さいって言ってもDVやminimaよりは大きいけど。重さは10キロくらい。それなら大丈夫だろうと思って、じゃあ35ミリでやりますって言って。そしたらそのカメラはぜんぶレンタルに出ちゃってて、その結果アリフレックスのBLに決まって、要は普通の35ミリのカメラが来たわけですよ。「やっぱりデカい」って現場でも困った。いざ撮影に入ったときは困りましたよ。なんかねー、月永と一緒に無口になっちゃってねー(笑)。
冨永さんと去年会ったときに、「16ミリでシネスコで撮るんだ」って言っていて。「見たことないからやろうと思う」と(笑)。(田中)
冨永:そうそう、それを青山(真治)さんに聞いたんですよ。16ミリでシネスコできるかなって。そしたら、「できると思うけど、16ミリのアナモフィックレンズが手に入るかどうか。用意できたとしてもどうやら接触が悪いらしい」って言われた。だから誰も16ミリをシネスコで撮らないんだって。そう言われちゃったら、もう16ミリでシネスコに拘ってた理由が分からなくなってきて、もうビスタでいいじゃないかって(笑)。
だから僕はファーストショットを観たとき、「あっ、ビスタだ!」って(笑)シネスコって言ってたのに(笑)(田中)
冨永:いやね、青山さんが『ユリイカ』を撮ったときに、「バスを撮るためにシネスコにした」って言ったらしいんですよ。だから俺は「レントゲン車を撮るためにシネスコにした」と言おうとしたんですけどね(笑)。もちろん「レントゲン車を撮るためにビスタにした」って言ってますよ(笑)。
でも、実際レントゲン車の中を撮ってるときは、以前DVで撮ってたような縦横無尽なカメラワークは出来ないわけですよね。(青木)
冨永:できないですよ。レントゲン車の中がいちばん困ったんです。レントゲン車の中って狭いんですよね。35ミリのカメラは機動性という面で本当に苦労しました。逆に言うとものすごい勉強になったんだけど。だから、以前樋口(泰人)さんに言われた(※CESのインタビュー内)マシーン・マンな感じ。マシーン・マン/マン・マシーンのような感じにはなってないでしょうね。いや、僕自身はマシーン・マンなんだろうけど、もうひとつ巨大なマシーンが現場にいたと(笑)。
完全に人と機械が独立してしまってるという感じだったんですか。(青木)
冨永:体の一部どころかね、まるっきり他者ですよ。あれが体の一部なわけないっすよ、怪物みたいだったもの(笑)。こないだ渋谷でチェ・ホンマンとすれちがったとき「あ、35ミリだ!」って叫んじゃったよ。2メートル以上ある人に向かって(笑)。
ということは、今回は、今までのような被写体との距離感が近い感じでの撮影は非常に困難だったということになるんでしょうか。(青木)
冨永:ただ手こずったってわけではないんですけど、もちろん次第に慣れましたよ。そこでおもしろかったのが、ラッシュを観て「35ミリで撮ると35ミリの画面になる」という事実に気づいたんですよ。当たり前なんだけど、「これは35ミリの画面だ」と。こんなこと言ったらバカみたいに聞こえるだろうけど、俺はこんな画面を撮ったことなかったんだよね。そりゃそうですよ、35ミリなんて生まれてはじめてなんだもん(笑)。
次回も35ミリで撮りたいと思ってますか。(青木)
冨永:しばらく遠慮しますよ(笑)。まあ、小さいのが借りられれば35ミリでもいいけど。35ミリでもいいけどなんて贅沢なこと言ってるな(笑)。現時点では「35ミリは大きかったなあ」って言ってるだけですけども、たとえば次回16ミリでやってみて何か劇的に変わることがあれば、ようやく「カメラは小さくなくては」と分かるんだと思います。いずれにせよ、やってみなくては分からない。いったん手放した機動性みたいなものをもういちど取り戻すことで、自分に適合する撮影方法がようやく分かるんでしょうね。とはいえカメラは身体の一部であるという幻想は大事だと思ってますけど。


最初に『パビリオン山椒魚』のスタッフを見て「おお」と思ったんですが、スタッフが冨永作品のいつものメンバーだったんですよね。撮影(月永雄太)、照明(大庭郭基)、録音(山本タカアキ)。もちろん画面の中にもこれまでおなじみの(杉山)彦々さんや木村文さんとかも健在で。制作のベースが大きく変わった時に、一般には見えない形ではあるけども、これはプロデューサーからしたら大きな賭けでもあるし、僕らのような者からすると、ある意味快挙だと思いました。

そこで思い返したのが、山下敦弘という映画作家のことでした(※『ばかのハコ船』『リンダ リンダ リンダ』)。山下監督もある種、カメラマン(近藤龍人)と脚本家(向井康介)とで学生時代から一つのチームを形成しているところがあって、インディペンデントから商業映画へ移行していくことになった時に、『ばかのハコ船』『リアリズムの宿』をそれまでの延長線上の体制でつくって、その後は「自分達はいったん離れてもいい」と、別々の方向、別々の仕事に向かうようにしていった。でもそれは、何年後かにそれぞれがスキルがアップしたときに、また一緒にやって、また離れて、またいつかやるみたいな感じの周期で考えているから、離れていいっていうことなんです。そういうスタッフワークについては、冨永さんはどうですか。
(田中)
冨永:それはまさにそうですね、僕もそのとおりだと思いますよ。やっぱり、いずれは離れると思うんです。そういう日はいつか絶対に来るから。でも今回はその時期じゃなかったんですよ。だって今回それやると何もかもがはじめてになっちゃうから。長編を撮るのもはじめて。35ミリもはじめて。はじめてづくしというのは恐ろしいわけですよ。だから、はじめて挑戦することがこれ以上増えては怖いなっていうのがあったんですよ。でね、もうひとつ言うと、これまで月永たちと撮ってきた作品が評価された結果として商業映画を撮る機会を得られたわけで、それをちがうメンツで撮っちゃあ元も子もないわけですよ。月永たちがいるからこそ俺はマン・マシーンになったわけで(笑)、俺個人がどのような条件下でもマン・マシーン化できるってことじゃないんだよね。いずれバラバラで仕事するようなことになるだろうから、それをとりわけ急ぐ必要がなかった。まぁそういうことですね。


いま『ビクーニャ』を観たら、三年前にCINEMA ENCOUNTER SPACEで上映したときと比べて、全然印象が違うんですよ。(青木)
冨永:えっ、ほんと?
正直言って、三年前に見たときはストーリーが分からなかったんです。そのときは快楽というか、新鮮さに面食らったんです。でも、今回三年ぶりに見たら、大分落ち着いて見られたんです。以前観たときのような違和感がなくなったという感じなのかもしれません。やっぱり新鮮さはあったんですけど、失礼な話ですが、何よりストーリーがあったっていうのが分かったんですよ。それでも分からない部分があったんですけど、話が掴めたんですよね。だから、それは状況が追いついて来たのかなと思ったところがあったんです。それは、樋口さんが言ってたマン・マシーン/マシーン・マン化が全体的な状況に浸透してきたということなのか、とも思うんです。 (青木)

冨永:ところで、どっちが俺だっけ?俺がマン・マシーンで、岩井俊二さんがマシーン・マンだっけ?そのちがいがよくわかんないんだよ、あの人が言ってることはさぁ(笑)。でも、青木くんは観るのが2回目じゃんってことで・・・(笑)。あ、これはよく言われることなんだけど、2回観たら見え方が変わったっていうのは、やっぱり『パビリオン山椒魚』でも言われたんだよね。しかも、オダギリジョーに言われたんだよ(一同笑)。

オダギリさんは、はじめて見たときはどう言ってたんですか。(青木)

冨永:初号のときオダギリさんに「冨永さん、これおもしろいんだけど、ちょっと分かんなくないですか?大丈夫かなぁ」って。でも家で酒飲みながらDVDで観たら大丈夫だったみたい。酒飲んで観たらちょうどいいんだって(笑)。だから舞台挨拶なんかでお客に「お酒飲んで観てください」って言ってたんですよ(笑)。でも、さっきも編集のときに心がけたことを言った通り、ノンアルコールでも楽しめるようにしたつもりなんですよ。ちゃんと「わかる」ようにしたつもりなのに、いつもと同じ結果になってる。あいかわらずパンツがチラチラしてるような映画になっちゃって、ある種の激励であるにせよ、またデタラメと言われて。どうも編集じゃなくて台本のせいだったのかもしれない。だからね、次は、初挑戦のことなんですけど、自分で台本を書かないでおこうと思うんです。プロットだけ自分で作って脚本家に書いてもらうの。書いてもらったのを撮るのは自分だから現場でそれをどうするか分かんないけど、とりあえず全員が共有するのが「俺じゃない人が書いた脚本」ということでやろうと思ってるんです。
(了)

インタビュー: CINEMA ENCOUNTER SPACE(青木拓雄、田中誠一)
構成・編集: 青木拓雄
2006年10月22日 於・京都


冨永 昌敬 (とみなが まさのり/映画監督)

OPULC(オパルック)
http://www.h7.dion.ne.jp/~opaluc2/ 

『パビリオン山椒魚』
http://www.pavillion.jp/

[ フィルモグラフィー ]
1999 『ドルメン』 (16mm/24分)
2002 『VICUNAS <ビクーニャ>』 (DV/36分)
2003 『テトラポッド・レポート』 (DV/15分)
2003 『農村の女優』 (DV/計1分50秒/第7回水戸短編映像祭オープニング映像として制作)
2004 『亀虫』 (DV/全5話/計61分/DVD発売・アップリンク)
2004 『オリエンテ・リング』 (DV/『be found dead』第4話/15分/DVD発売・アップリンク)
2004 『シャーリー・テンプル・ジャポン』 (DV/40分 ※後に「パート2」にヴァージョンアップ)
2005 『京マチ子の夜』 (DV/9分)
2005 『シャーリー・テンプル・ジャポン パート2』 (DV/66分/DVD発売・紀伊国屋書店)
2006 『パビリオン山椒魚』 (35mm/98分/只今全国ロードショー中!)