ここで三國奈々、田中裕子ともに退席。あとは誠一、山内がサシでまだまだ言うていきます。
さらに怒涛の後編へ!
春一番!緊急企画!! CINEMA ENCOUNTER
PACE の 2004年を総括する!<〜後編〜>
*[04_CINEMA
ENCOUNTER SPACE found animations]
*[05_自主映画の歪なる挑戦とは?]
*[06_映画を観る/観せる「意思」、インディーズ新作選、そして司会者募集]
*[07_ヘンな感覚だった、マルチ。で、2004年は終わった]
*[前半ヘ]
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[04_CINEMA ENCOUNTER
SPACE found animations]
誠一:ブラッケージの次にアニメか!“found
animations” 山内:別名「CESアニメーション映画祭」
誠一:やってみての実感は「映画祭は3人いればできる」(苦笑)
山内: いや、ほとんど誠さんひとりでできちゃうのでは?とにかく大変でしたけど。
誠一:ほとんどひとりで企画進めたから、ほんとに死ぬ思いを味わった。でも、奈々さんのアニメ見識と情熱のおかげもあるから、やっぱりひとりじゃできないよ。
周りの状況がちょうどウチでやってた撮影とモロかぶりだったから、出品、参加してくれた方々にもいろいろ影響を出してしまって迷惑かけちゃいました。90作品くらいを3日間でやったことになる。(無茶苦茶やがな!)
しかもブラッケージとは打って変わっての不入り・・・
山内: あれはへこみました。
誠一:僕は慣れてたけど(慣れるな!)、来てくれた人には本当にすまない気持ちになります。
山内: ああいうのって、お客さんのテンションにも影響でますよね。(ホントホント)
誠一:『ハルちゃん』の稲葉さん(※ななみちゃんhttp://www.nhk.or.jp/nanami/のクリエイターさんです)や
アニメーション80http://homepage1.nifty.com/ANIME80/の倉重さんは東京から来てくれ
ので、もう、うへ〜って・・・
でも他作家作品とか観ていろいろ刺激を受けてられたりしたのはよかった。
稲葉さんは新谷尚之作『電球烏賊祭り』、杉浦さんは小倉健吾作『蚊柱』、というふうに。
杉浦さんは小倉君をかなり評価してましたね。「この子はいい作家になる!」って。精華大を卒業していまは製作会社勤務してます。
パンフの作家アンケートも企画的にはヤケ半分だったんですが
(※「どうやって食っているのか?」などかなり失礼なことを出品者のみなさんに聞いておりました)、僕自身も面白かったし、みんな乗ってくれてよかったです。
あ、山内くん、四条烏丸のCOCON(3FのStudio KINO)でやったアニメーション80の上映観にいったんでしょ?
山内: はい。都合でプログラムひとつだけしか見れませんでしたけど。
誠一:僕ぁ、いけなかったんですよ。杉浦さんhttp://www.nurs.or.jp/~sug/index.shtmlがホームページで感想http://www.nurs.or.jp/~sug/exp/cine/cine17.htm書いてたよ。でもあそこのスペースって、なんだか展示会場みたいで、あんまり落ち着いて見られないことない?
山内: そうでもなかったですよ。外の光は一応シャットアウトしてますし。逆に外から見たら上映してないのかと思った。
誠一:あ、なるほど。
山内: フロア自体にあまり人気を感じなかったこともある。けど会場に入ると人がチラホラ座ってました。
誠一:あんなところだったら、それこそイワシの網漁みたいに人がどんどん人は入ってくるんじゃないの?ウラヤマシ。
山内: でも、ふらっと入ってみたって感じのお客さんではなかったですよ。途中退室もいないし。
誠一:今度いってみます。で、話を戻すと、企画内容的にはどうでした?って、“found
animations”のほうですが
山内: 個人的にはアニメーションって興味あって、観に行くことも借りることも多いジャンルなので、楽しみにしてましたよ。
当日は受付してて見れませんでしたが。。11プログラムもあってかなり盛りだくさん。
誠一:運営体制も上映自体も、準備不足がたたった感じ。
フォーマットもビデオ、8ミリ、16ミリと多かったし、丁寧さという点では、大反省、でした。
ゲストの杉浦さんに言われたんだけど、1プログラム1回づつしか上映がないのは客に対しても不親切だと。確かにそうですわ。
山内: そうですね。お客に体力と時間を強要してます。
やりたいことをぜんぶやったような気がするのは上映側だけで、客側は一つ見れなかったら、殆ど見てもなんか見逃している、みたいな感じしますよね。
作品自体はとても面白かったので、今後の上映の中で再び流したいですね。
誠一:今年中に第二弾、今度は相原先生http://www.acic.kyoto-art.ac.jp/sensei/aihara/もちゃんと呼んで、準備もちゃんとしてできればね。
一番入ったのは辻直之http://dazed.excite.co.jp/dazed_people/art/tsuji_naoyuki/作品集。木炭アニメのカンヌ受賞はやはり強かった。たぶん今年のシネトライブに特集でかかります。シネトラアニメ担当者にプッシュしておきましたから!
山内: 『闇を見つめる羽根』は特に。逆に昨年度のシネトラで特集されてたよしむらえりさんはこちらでも上映したい、と思う。
誠一:アニメーションスープですか?僕、未見なんですよ。
山内: おもしろいですよ。見た方がいい。
誠一:アニメも本当に自主制作増えたよね。おさえきれない。
山内: 『雲のむこう、約束の場所』を作った新海誠とか。もともとは『ほしのこえ』を自主制作で作って有名になった。
誠一:ひとりでやってる人ね。それも未見。
山内: 自主制作で出来る幅もかなり広がってるんでしょうね。
誠一:だからもっとね、アニメの場合、もっと「CG、すごいことできるよ」「CGはダメだー。砂だ砂!」「ハンドペイント!」「いや、カリグラフでしょ?」とか、マテリアリスティックに追究してみたい気もする。
山内: ふむ。作家のこだわり、執着が作品に見えますからね。
誠一:パンフを一番やり直したいのはアニメです。山内くん、城内にがんばってもらって言うのもなんですが。
山内: どうぞどうぞ。
誠一:パンフレットは、もう一度体裁をそろえてぜんぶそろえて出したいんですけどね。
山内: ゲスト対談を文字起こししたものも載せたやつですね。
誠一:当日のトークね。アニメの時のは、杉浦さんがアニメーション80の軌跡のトークは文字起こししてくれているから、あと地球クラブのトーク。これできたら、2004年がやっと概観できる気がする。
山内: 。。。はい。(←「じゃあ今やってるこれって・・・?」という意味での「はい。」)
[05_自主映画の歪なる挑戦とは?]
誠一:で、「歪なる挑戦」シリーズですが、いきなりシリーズ企画をはじめました。
山内: 歪なるシリーズってのは、誠さんがあたためていた企画なんですか?
誠一:「自主映画の歪なる挑戦」って出した瞬間に「いまそんなこと言うのはどうかしている」と非難されました。
「自主映画」という言葉を今出すなんてもう一般性を放棄している、という。某配給会社勤務の方に。
山内: 僕も「自主」って言葉は好きじゃないですけどね。ただ、ここで言っている意味に明らかに違いがあるのはわかる気がします。
誠一:いままで「自主映画」って言葉がとりもなおさずずっと使われているわけですが、おそらく、もうそろそろ違う言葉が出てくる時期だと思ったんです。
で、言葉が変わってくるということは、地盤が変化してきているということで、「自主映画」というフィールド自体が大きな変化の中にあるんだと。無自覚にインディペンデントを賞賛しようというのではなく、「自主」っていうことをいまいうことで、それが今言葉として違和感があったり、ズレているならば、もうそういうムーブメント的な変化が出てきているということだと。
山内: 「歪なる挑戦」まで噛め、と。←というのはその某配給会社勤務の方や、僕みたいにつっかかりで止まってしまう人に向けて。
宮沢章夫さんhttp://www.u-ench.com/もそうした「歪」な位置に存在している人物であり、『be
found dead』であるという判断ですね。 誠一:宮沢さんはねー、「自主映画」がつくりたかったみたいです。
山内: へー、あえてですか。同じくしてケラリーノ(サンドロヴィッチ)さんや松尾(スズキ)さんも映画監督に初挑戦してますけど、ちょっと違いますね。
誠一:宮沢さんに「なぜ自主映画なのか?」ということを聞いた方がよかったね。
山内: それは聞いて欲しかったですね。
誠一:あの時もあっという間に終わっていたなー。これも大入り。造形大ではやっぱり“宮沢先生”ですからね。
山内: そういう意味では、作品自体に対する注目度なのかは単純に計れませんね。(おっと!)
誠一:『be
found dead』という作品自体、コンセプチュアルな大きな企画(舞台『トーキョー/不在/ハムレット』http://www.u-ench.com/fuji/tah.htmlのプレ公演の中のひとつという枠組みがある)なんだけど、そういうところは宮沢さんの表現アピールの仕方、戦略で、ものすごく学ぶところが大きいんですよ。CES的にも。
北山の本屋優里奈http://www.inax.co.jp/Culture/2001/08/p_08yurina.htmlで、チラシを持って行ったら次の日に宮沢章夫コーナーが設置されたり、京都の演劇やってる人もちらほら来てたりで、注目度は高かったよ。
山内: 舞台に興味ある人をそのまま映画に引きずり込んでしまうこととか。
大物だから出来ること、であるようにも思えるわけですが、そうした枠の中の一つをCESで上映出来たということは幸運ですね。舞台は造形大のほうでも行われますし。CES以外が上映する可能性もあった?
誠一:いや、ないですね。少なくとも京都では。大学ではそういう即効性はない。
授業の一環で学生に見せるという機会はできても、こういう一般的な企画として展開するのは少なくとも半年前から話がないとできない。でもそれでは学生が「へえ、宮沢先生こういうの作ったんだ」と認識するだけで終わってしまうんです。そういう意味では、ウチの企画ですね、確実に。舞台コースの先生の八角さんには「ファスビンダーも一緒にやるんですよね!」とほめられちゃいましたけど、ちゃっかりあとでファスビンダー特集を図書館のDVD上映会でやってました(笑)。
あと、東京から青土社(雑誌「ユリイカ」とか)の編集の方や三坂さんhttp://www.studio-2-neo.com/(『トーキョー/不在/ハムレット』出演女優)や大阪から作家の玄月さんhttp://www.gen-getsu.net/(『蔭の棲みか』で2000年芥川賞受賞)とかもさりげなく来てたり、かつてないわけの分からない盛り上がりもありました。
当日はもう宮沢さんはいつもの様子でメチャなじんでいたけど、トークゲストの丹生谷さんhttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%B0%C0%B8%C3%AB%B5%AE%BB%D6?kid=6726がトーク始まって独壇場でしたね。
山内: 僕初日は対談後に到着したんですよ。残念なことに。「不在」をキーワードに話が進んでいったと聞いていますが。
誠一:あれ、ちょっと引受けて宮沢章夫論を誰か展開してもいいぐらいのもんですよ。ちょっと早いかも知れないけど、『トーキョー/不在/ハムレット』本公演の後、なにかが変わるような気もする。
で、それはいま京都造形芸大の中で起こっていることともかなり通底すると思うんですよね
。
各分野(映像、舞台、美術、音楽など)ごとの壁というか、境界というか、そういうものの既成の枠ではないフィールドができるような。
山内: 受容する側としては壁も隔てもないわけですが(個人的には)、作り手として突出するためにはそれなりに手段を選ばざるを得ず、、。作り手の方には結構、それまでに作られていた枠組みがよくもわるくも存在しているのでしょうか。
[06_映画を観る/観せる「意思」、インディーズ新作選、そして司会者募集]
誠一:う〜ん、なんていうのかわからないけど、何か今までと違う流通の回路が開かれそうな感じなんですよ。
山内: 流通ですか。。むしろもっと気楽に諸分野を取り込んで、新しい試み、実験的な試み、という前フリに満足せずに、おもしろいものを作っていってほしいですね。
誠一:あ、宮沢さんはそういう感じだ。
山内: それならうれしい。
誠一:9月のアニメ企画あたりから、運営体制が微妙に変化してきていて、インディーズとかにも影響があったと思うんですが、どうですか?
山内: まず、映写機の性能が上がって映像が綺麗になりましたよね(笑)
9月以降に限って言えば、作品の方は、集団製作で手間がかかっているものが多く、頑張ってるなぁ、という印象です。
それなりにまとまっているし、作ることでスキルが上がっていってるんだろうなということが感じられて。
そういう意味で一方的にコメントしにくいものが増えてる。僕が習字の先生なら○をつけるし、入選や特選も出せるんでしょうけど、思わずお金を払って買いたくなる一品にはなかなか出会えません。。
誠一:インディーズの作品は、単品で商品というものではないでしょうしね。
山内: 競い合いの場として見ると、面白い気がします。
誠一:もっと競い合ってほしいんですが、淡白なのか、隠れて燃えているのか・・・
山内: 出し惜しみもあるんじゃないですか?
誠一:そんな!出しまくってナンボじゃないのか?
山内: メジャーなコンペに出品して一気にスターダムへ(笑)
誠一:というか、こっちが見つけられていないだけかもね。
山内: 発見する努力ですか。
インディーズと自主で特集されているところの区別もねぇ。。アニメの時なんか、ほとんどインディーズではないですか。
誠一:木下蓮三だってそうだから、あれですよ、クラシックの2プロ以外ぜんぶそう。
でも「インディーズ」と「新作」という意図が含まれればいいんで、あの枠は。
うまいかどうかは分からないけど、あの枠を利用してくれている人は複数作上映してますね。
山内: 葛西君や唐津君。あと今江さんなどですか?
誠一:そうですね。
山内: 会場とる必要もないわけだし、その気になれば自分達の上映企画まるごと持ち込んでしまえたりもできる。使い方はいろいろですよね。
誠一:そういう可能性をもっとプレゼンしなきゃいけないですね、アピールか。
インディーズはインディーズでそろそろ枠の名前も変えたいな、と。「インディーズ」という言葉があんまり好きじゃないというのもありますが。
山内: はい。
誠一:インディーズはインディーズで、ひとつの企画物なので、山内くんの好評のレポートも含めて。
山内: 好評なんですかね?しかし。。。
誠一:いやいや、好評ですよ。だって出品した人からもリアクションあるじゃない。そういう山内くん的な読み込みみたいなものがああいう上映会でされるということはなかなかないことですよ。それも、各分野の流通回路が開けているということだと思うし。
山内: 映画上映に関わりだして日が浅いのでその辺はよく分からないのですが、垂れ流しはやだなぁ、と。
あと、個人的に作り手さんには作品を作っているってことを防衛壁にしてもらいたくなくて、表現していること扱っていることに対する考えがどこまで整理できているのか、つめてほしいと思っているのもありますね。
作品の持つなんとなくを言葉にして返そうというのはそういうところから。まぁ意識したものばかりで出来上がった作品ってのはくどくどしくなってしまうでしょうから、それだけであって欲しくもないんですが。
誠一:これ、一度造形大の方、例えば映像舞台学科の先生にも問うてみたいんですが、批評的な立場というのをどこで出すかということですね。
例えば学生の作ってきたものを先生が評価する、採点するというのはまあ、普通の「学校」なんですが、造形大はそういうところを括弧に入れて、有機的な表現の創出空間を目論んでいるところがあるので、できたものに対してどう対応するのか、というところ。エンカウンターで言えば山内くん的な存在というのがあるのかないのか、作ろうとしているのかいないのか、と。おせっかいかしら?
山内: 決して絶対ではないし権威でもない意見。
誠一:「観客」。
山内: でも、芸大という場所は、生徒を評価するところではないと思うのですよ。(と、美術史学専攻の山内氏。実感こもってますな。)
誠一:あ、それは僕はやっぱり感覚として今も分からないところ。
山内: 成績をつけるためにはなにかしらの評価もいると思うんですが。
生徒が作りたいものがあって、それにたどり着く道が分からない時にアドバイスするような関係だと思うんです。評価は外の世界のもの、という感じ。誰々先生に指事を受けた、、とかいうのは、日本画の画壇の世界しかないのではないでしょうか。
誠一:そうですね。まぁ学校は置いておいても、エンカウンターでもっと批評的な言葉が行き来するようなことにならんでしょうか。会場で。
山内: 自分にも厳しくなれる人は少ない。僕もそうだけど。
誠一:みんな身銭切って見ているんだから、たとえそれが何百円の世界でも、その対価という意味で発言しないものかしら。
山内: 僕もインディーズはお金払ってますよ、スタッフだけど。
誠一:いま、頬を涙が伝っています。(嘘です)
山内: でも、全ての作品を両手ですくって眺める必要はないでしょうね、実際。すごくドライだけれど、考える対象にも取捨選択はあるわけですし。誰かがやっておいてくれると楽なんでしょうね。(そりゃそうだ)
誠一:だからこそ、山内くんひとりだけでなく、もっとさ。
今後どんどん会場で観客に振っていきましょう。「ハイ、そこの帽子の人!3本の中でなにがよかったですか!?」逆に嫌がられるかな?
山内: あ、それだけでもいいですね。なんとなくでもいいからそういうのあったらおもしろい。
誠一:まあ、司会のスキルも磨いとかないとできないでしょう。僕じゃない方がいい。支離滅裂で、どうも本人はなれたつもりでも、全然ダメですね。こういうのはやっぱり才能じゃないですか?
山内: え”。誠さんじゃないんですか。
誠一:うまい人がやったほうがいいすよ。僕は客席から手を上げたほうがいい。
山内: そういう人材も捜さなければ、、という
誠一:「司会者募集!超至急!!」(←いや、これはホンマに)
さて、そろそろ12月企画で
[07_ヘンな感覚だった、マルチ。で、2004年は終わった]
山内:「稲川方人×布川徹郎 ?世界と対峙する方法?」
誠一:これ、やりにくかったですね。いろんな意味で。
山内: 誠一さん自体のフィールドに近しかったのでは?そんなことない?
誠一:近いですね。それと、今僕が布川さんと一緒にやっているというのもあるから、感覚として例えば、大学の友達と実家の幼なじみと三人で酒飲んだりする感じ。一回そういうことになった時があって、シュールな気分を味わった。
山内: はは。
誠一:だからこれこそ客観的に見れない企画ですけどね。
集客が厳しいことはうっすら予想してましたが、客入りどうこうではないところでヤキモキしていた。
山内: 人は特別多くもなかったが少なくもなかったのかな。
誠一:でも、少なかったよ。(グス。)
山内: 関係者が多かったんでしょうか。
誠一:そうすね。
ちょうどタイミングも、造形大生は他所で卒業公演があったり、他でも外部で企画に反応しそうな人は別なところに行っていたり。アニメの時もそうだったけど、まあ他のイベントとかぶるのはしょうがないとは言え、やっぱり影響は出るし、人海戦術的な広報ができなかった。
山内: でも、二人のいる世界の違いが凄くわかりやすくて、おもしろい組み合わせだったように思えます。個人的に僕は久々にゲストの方々の対談を見れてうれしかった。
誠一:CESは口コミ、人づての広報をもっと的確にやらないといけないとわかってきました。
トークは、わけのわからない面白さは出たと思う。 山内: わけがわからなくはなかったなぁ。
誠一:そう?そこは聞きたい。
山内: 布川さんのマルチ作品を見る前までの稲川さんの態度と、見た後の違いというものに、僕も凄く共感出来たんですよ。
誠一:あ、それはわからなかった!
じゃ、それまではマユツバだったのか?マルチは。
山内: 稲川さんは結構頻繁に「我々の…」という言葉を使うし、実際そういう時、そのくくりにある人達ってのがどんな感じなのかは、聞いている人にも共通するものだったと思います。この時代に、いまさら、といった表現もためらいなく使おうとしていた。
でも、布川さんのマルチ作品で扱われていたのは、稲川さんが用いる「我々」のコードの外にある世界だったと思うんです。で、稲川さんは、布川作品を見終わった後は、そうしたコードを使わなくなった。まず時代に対するマルチな視点、同じ2004年という時代が持つ多様性をどこかで自分は見失っていたのではないか、布川さん自体が言おうとしているものとは違うところでマルチを再発見したようなところがあるとおもうんです。
誠一:なるほど。「我々」というコードは稲川さんの意識のひとつの重要なポイントになってますな。
で、布川さんの方も、稲川さんとは見ているものはまったく違うし、合わせようとはからっきししていない。
稲川さんはやっぱりすごく「モダン」な人ですよね。
山内: 布川さんの方は「我々」が何十年か更新されていない感じでしたね。
誠一:布川さんはもっと感覚的、というか、ある人とも話していたんですが、「布川さんはある種、巫女だ」と。稲川さんが布川さんの『たった8秒のこの世に、花を』の感想を聞いてシビれていた時は、瞬間、神が降りてきたのを感じた。「布川さん、そんなこと今まで行ってなかったやん!」と後々で気づいたんですが、多分その場で思いついたんだと思う。
ああいうのはなかったですね、今までのトークでは。客席側はあの時、どうだったんだろうか?
山内: 布川さんは作品と観客の受け取り方に自分の意志を離れた自立性を凄く認めているなと思いました。そういう意味では理性的。
誠一:自分の作品だ、とか思ってないんだよ。「監督じゃないよ、僕は」と。
稲川さんのほうが逆に『風ッ喰らい時逆しま』のみんなの感想を聞きたがっていて、布川さんはそんなのどうでもいい、みたいな感じで、とにかく「マルチ」にみんな参加して来い、と。
山内:
稲川さんと同じく「風ッ喰らい…」の調子のマルチだったら、興味湧かない気がする。稲川さん的にはそうした意見の同意が欲しかったのではないでしょうか。
でも実際マルチは違ってたし、おもしろかった。 誠一:それ、僕全然実感ないんで、まだわからない。やってるとき、「もう、タイミングめちゃくちゃやんか!」とか「カメラの液晶パネル開いて音が漏れてる!」とか思ってイライラしまくってたし、リハーサルの方がよかったんだよ、上映は。あ、それとタイトルは「それって縁日ですか?―いえっ、その準備をしている処なんです」というのだけど、布川さんが夜中に思いついて、興奮して眠れなくなったらしい(笑)。
山内: (笑)。いやさ、『風ッ喰らい時逆しま』というのは、やはり過去のもので、そこで使われている音楽もその時代のもの、決して作られた当時は古くさくはなかったし、風俗的にも珍しくはなくて、ただ曲馬館のメンバーが行っていること、うたっていることに興味があって、社会的に伝えるものが出てきたんだろうけど、その時代を知らない世代からすれば、そうした社会性みたいな問題はどうでもよくて、そうした頃の風俗とか音楽とかへの興味しか湧いてこないんじゃないの?ってことを聞いてみたいという稲川さんだったような気がする。
誠一:稲川さんがいまなぜ、「インターナショナル」http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/3684/kaihou/inter.htm(ロシアの赤軍の歌ね)にこだわるのか、というのも、「我々」問題とあわせて開示したいところですね。
ゴダールの新作『我らの音楽(Notre Musique)』http://www.imdb.com/title/tt0360845/が90年代以降最も重要な映画になると予感しているというのも放っておけません。ま、それは今後の楽しみのひとつとして。
山内: 布川さんがそのことに百も承知で作品を作っているのか、稲川さんは疑っている感じがしたよ。
僕自身マルチに引き込まれていったのは、聞き慣れたスカ風の音楽が流れていった時で、その時ようやっと画面で構成されているマルチと自分の中にあったマルチがつながっていく感じがした。
それは過去に稲川さんが『風ッ喰らい時逆しま』に感じたものと似ているのかなと、稲川さんの昔の『風ッ喰らい時逆しま』評を見て思ったのよ。
誠一:『風ッ喰らい〜』は、映っているものや音源は時代を確かに感じざるを得ないけど、そうじゃないところで持っている強度というのがあると思うんですよ。
稲川さんが今の世代に『風ッ喰らい〜』の感想を聞きたいのは、この強度を見て、いま自分たちが作ろうとしているものにそれができるか、それとは違う自由さをつくりだせるのかと問えるかどうか、ということだと思います。
山内: 布川さんに対する問いかけではなく、むしろ、観客、CESに対するものか。
誠一:今の制作者ですね。だから、インディーズもぜんぶ観た。おそらくメインのゲストでインディーズ観ていった人ははじめて。
山内: いらっしゃいましたね。
誠一:『風ッ喰らい〜』は過去のものじゃない、というか、過去のものに今の世代ができるかどうかが、今後関わってくるのだと思う。
時代を超えたところで存在してるんですよ、やっぱり『風ッ喰らい時逆しま』は。
山内: 過去をうらやましく思ってしまう、つまった現状?
誠一:いやいや、時代背景とかじゃなく。あれ、存在自体がよくわからない。意図がない。
山内: 実感としてクリティカルには思えませんが、異質性は感じます。
誠一:あれを成立させえたのは確かに「時代」だったと思うんです。で、いまの「時代」がその時代を超越したものを今のやり方でどうやって作りうるか、というのが問われて2004年は終わった。
山内: CESで。
誠一:そう。世界の中心じゃ確実にないところで(笑)。
ああ、やっぱりマイナーなのか。 山内: 否定出来ない(笑)
誠一:メジャーとマイナーのハザマで、なんとか食い下がりたいですね。
山内: 少々マニアックではあっても上を目指せ。
誠一:ネットでのオンライントーク大会も、ね。
こないだのは大失敗でした。稲川さんも時間に接続してくれたみたいなんですが、ちょうどウチのブレーカーが落ちて切れてしまった!(※参加しようとしてアクセスしてくれていた方、どうもスミマセンでした!)
山内:あれは正直がくっときましたよ。そのためにメッセンジャー使い出したのに。。(※この会話はMSNメッセンジャーhttp://messenger.msn.co.jp/を使ってます。カンタンベンリなのでぜひ使ってみてください)
誠一:いやでも、この2004年総括はできたじゃないですか。そういうのも確実にやっていきましょう。
山内: へーい。
誠一:一緒にやってくれる人も増えてほしいですね。
山内: なれると簡単ですね。これ(メッセンジャー)。
誠一:でしょ!ほんとの会話なみのスピードを獲得できるよ、もっとなれれば。
山内: これも勧誘ですね。
誠一:まあそういわんと。今年もよろしくお願いします。
(※一応断っておきますが別にこの二人はMSNのまわし者でもなんでもありません。なんももらってないですよー。でもなんぞくれるって言われたらもらってしまうかも。)
2005年1月10日
参加:田中誠一、田中裕子、三國奈々、山内茂和(あいうえお順)
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